福岡の猫専門のペットシッター キャットシッターねこの木

ごあいさつ

はじめて猫と暮らし始めたのは20年前、某大手航空会社の客室乗務員をしていた頃です。犬の「アサくん」(といっても女の子ですが)との暮らしの中で「ケガしとうみたいやけん」と家族が連れ帰ってきた子猫。白黒はちわれ男子の「ニャーくん」でした。

折れていた足の痛みもおさまって、アサくんのお腹に顔をうずめてふみふみするニャーくん。アサくんは子どもを産んだことはありませんでしたが、本当に出るようになったおっぱいでニャーくんを立派な男前のにゃんこに育ててくれました。

物怖じせずクールだったニャーくんですが、動物病院に入院した時は、おしっこができず、退院の精算をする私に抱かれたままおもらしをしました。服がたっぷりとおしっこを吸い、さらに床に溜まるほど。誇り高き猫が、です。「いつも」じゃないということが、どれだけ苦手なのか、心に刻まれる出来事でした。

アサくんが18歳で旅立った後に、ニャーくんがFIV(後天性猫免疫不全症候群)のキャリアで慢性腎不全だということが分かり悩んでいた頃、小さな子猫が訪ねてきました。玄関を開けると、まぶたは腫れて癒着し鼻水だらけノミだらけの子猫が大きな声で呼んでいました。

月の3分の1は宿泊を伴う仕事で留守にしていたその頃、投薬・点眼・点鼻と一日数回のご飯が必要な子猫のお世話が十分できません。溺れる者は藁をもつかみますが、私はその時「キャットシッター」をつかみました。今、私の膝の上で喉を鳴らすちゃとらの「モカ」はキャットシッターさんの助けなしではここにはいませんでした。

そのキャットシッターさんが休業なさった後、忙しく休めない仕事と、ニャーくんの腎不全と糖尿病に折り合いがつけられなかった私は、ニャーくんを充分に看取ることができず、悔いを残しました。この事は、苦しみでもあったけれど、私をキャットシッターになるように導いてもくれました。

そして心から信頼していたキャットシッターさんと同じ學びをしたいと、猫の森の門を叩き、キャットシッターのパイオニアである南里秀子さんを師匠と仰ぎ、指導を受けたのです。また、猫の森での出会いのご縁で、新しい家族、むぎわらの「めい」との暮らしも始まりました。

30年近くを、航空機の客室乗務員とホテルコンシェルジュとして、接客業こそが私の天職と「笑顔」「真心」「和」を大切に、大切にして歩いてきました。それはこれからも変わりません。

「ねこの木」の名のように、ゆっくりでも成長を続けて、強い日差しを遮り、風に葉をふるわせ、木枯らしから守る、皆様と猫さんとに寄り添うキャットシッターでありたいと思います。

開業にあたり、私を支え、励まし、見守って下さいました皆様、猫師匠に心から感謝いたします。